ゲーム好き主婦のひとりごと

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北野武さんの離婚に思う

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北野武さんが、離婚したニュースが、話題になっています。

 

北野武さん(72)の協議離婚成立は財産分与で元妻幹子さん(68)の

意向をほぼ全面的に受け入れての事だったようです。

 

それぞれの弁護士を立てての話合いは昨年からあり、協議成立は5月と

いう事からそうすんなり決着した訳でもなさそうです。

 

武さんと幹子さんは、ツービート時代の1978年に知り合い

すぐに同棲し、1981年長男、82年に長女が生まれ、83年に入籍。

 

幹子さんは、漫才師だったが引退し、駆け出しの武さんを近所の

スナックでアルバイトして家計を助けた。

 

武さんに不倫や隠し子騒動が浮上したり、

86年のフライデー襲撃事件の時も影で支え、94年のバイク転倒事故で

武さんが重症を負った時は、集中治療室の隣の部屋に泊まり込んだ。

 

毎週金曜日は夫婦で食事を共にし、1月18日の武さんの誕生日には

たけし軍団を招いてパーティーを開くのが恒例で、

幹子さんは手料理でもてなしていた。

 

武さんは、別居をネタにしてきましたが、決して幹子さんを

ないがしろにしてきた訳ではありません。

 

潮目が変わったのは、2012年、18歳年下のA子さんと酒席で

知り合ってからだった。

 

14年に不倫が発覚した当時から、

『たけしが全財産手放しても一緒になりたい愛人』と報じられ

15年秋には、東京、世田谷の豪邸、通称『等々力ベース』の

土地を夫婦共有から北野武名義に変更、建物もそれに続いたと

される。

 

Aさんは、父親が九州の元県議というお嬢様で、

関西の有名ホテルでスーパーバイザーを務めたり、

銀座のホステス経験もあるという。

 

才色兼備のやり手。推定で年収10億円以上とされる武さんの稼ぎは

幹子さんや長男が管理していたのですが、A子さんの元に

移り、それが昨年3月のオフィス北野からの独立と

新会社『T・Nゴン』設立へと繋がって行く。

 

今回の離婚劇は、公私共にパートナーとなったA子さんが、

愛人関係ではなく、結婚を望んだ事が大きい。(日刊ゲンダイ引用)

 

武さんが72歳、奥様の幹子さんが68歳 という事です。

 

もう人生も終盤です。

 

武さんは、83年に入籍していますが、その年に離婚を切り出したと

いう事実があるそうです。

人を立てて別れたいと言って来たそうです。

 

86年に、写真週刊誌『フライデー』に武さんの愛人Aさんの

写真が掲載され、その時離婚を決意したし、87年5月から弁護士を

通じて離婚についての話し合いを始めたそうです。

 

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ここからは、私の勝手な憶測で書いていきたいと思います。

 

そんなことが、あってもお二人は、離婚していないわけです。

それなのに、何故、この年になって離婚なのか?

 

武さんにとってこの愛人の方は、大事な方なのだろうと

推測します。

 

散々女遊びをしても結局は、幹子さんのところへ帰っていた

武さんでしたから、2012年当時も幹子さんは、一時的な遊びと

思われていたでしょう・・・

 

でも、実際は、そうでは無かった。年を計算すると武さんが、

65歳、Aさんが47歳というときに二人は、

知り合った事になりますし。

 

銀座のホステスさんもなさった方なので、お奇麗な方だと

思います。最初は男女のお付き合いだったと思いますが、

段々仕事の事やお金の事も含めて一体の関係になったのでしょう。

 

Aさんは、才色兼備な方で、武さんのギャラを

上げたと聞いています。

 

武さんは、Aさんの言いなりで周りはそれを心配してるようです。

 

お金の事は、無頓着で、幹子さんや長男が管理していたのを

Aさんが見るようになった。

 

今回の離婚は、Aさんが結婚をのぞんだからだとか、

色々言われています。

 

東京の家以外は、全て幹子さんに渡したようです。

 

武さんは、自称マザコンでお母さんのような奥さんが

お望みのようですが、たぶん、幹子さんもそれに近い方だったと

思いますが、Aさんは、更にお母さんに近い人だったのかも

知れません。

 

Aさんが、たけしさんの愛車で買い物に行かれる姿が

載っていましたが、普通のおばさんに見えました。(笑)

 

食事も身の回りのお世話も多分完璧に武さんの好み

なのでしょう・・・パンツも履かせてくれるとか・・・(笑)

 

幹子さんとは、週に一度会う関係でしたが、やはり、72歳の

武さんは、身も心も満足させてくれるAさんを選んだと

いう事でしょう・・・

 

ちまたでは、『老いらくの恋』と揶揄されていますが、その通り

だと思います。

 

武さんも一度死にかけた人です。それなりの価値観をお持ち

だと思います。

 

自分の人生が、残り僅かになりつつある時に、Aさんに出会い、

残りの人生をかけてAさんを幸せにしたいと思ったのでは

ないでしょうか?

 

愛すればこそ、Aさんが望む結婚もお金も望むように

して上げたいと思ったのでしょう。

 

幹子さんとの関係は、ある意味、戦友のような一面もあったのでは

と思います。

 

武さんが売れない時代、幹子さんが支えた事は武さんにとって

大きな意味を持つと思います。

 

武さんはそう言うものを大事にする人間性なのだと思いますが、

離婚を切り出した時から、女としては見ていなかったと思います。

 

子供たちは、離婚には反対していたと書いてありました。

 

親としては、武さんは、立派な親では無かったのでしょう。

 

長男は、自分の結婚式には呼ばなかったと書いてありました。

 

子供たちも立派な大人であり、残り少ない親の人生は、

親の好きなように生きさせてあげて欲しいと思います。

 

子供が成人するまでは、親は親の責任を

果たさなければなりません。

 

死ぬ時まで、立派な親として死ぬのか?

 

武さんのように、最後の老いらくの恋を全うして死ぬのか?

 

親の人生は、親のもの。

子供の人生は子供のもの。

 

それぞれの自己責任で全うすれば良いと思います。

 

最後まで読んで頂いてありがとうございました。

 

 

 

 

          ゲーム好き主婦の

 

 

 

 

               ひとりごとでした・・・

 

 

 

 

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